Q.社内会議があります。正直、実のある会議になっていません。作業的になっているのです。会議とはこういうものなのでしょうか?

千田琢哉名言その1979
A.
2016年12月17日21時21分17秒0013_R
のではなく、
動くための手段として会議をやるのだ。


ゆうそ考察)
目的の為の手段なのに、手段が目的になることは往々にしてあります。
「幸せな人生を送る為にはお金が必要」は、
「お金を持っていれば幸せな人生になる」イコールではありません。
大きな目的の中の、小さな材料なのです。
会議にしても、座談会にしても、国会にしても、井戸端会議にしても
「その先」が見えていなければ、徒労に終わるのです。
自分の人生も同じです。
生活するだけが人生ならそれでもいいですが、
今の延長線上に目的がなければ、徒労に終わってしまう。
もともと目的があったのに、目的を忘れ、手段が目的代わりになってしまうのは危険。
手段が目的で満足してしまうのも、これまた危険です。
人間は話すことで満足してしまう生き物。
話さないことで、達成できることもあります。
二伸)
井戸端会議は手段が目的の典型です。
今の時代この典型に陥りやすい場はたくさんあります。

Q.直属の上司がいます。始めの頃は手取り足取り教えてくれたのですが、最近は質問しても「自分で考えろ」とだけしか言いません。まだわからないことも多いので困っています。どうしたらいいでしょうか?

千田琢哉名言その1978

A.1つやった人だけが、
2016年12月17日21時21分17秒0012_R

ゆうそ考察)
学校教育では、「質問→行動」という順でした。
社会では、「行動→質問」となります。
理論を並べられる人が勝者ではなく、いざ実行し結果を出した者が勝者です。
そして実行して初めて質問できる権利が与えられる。
実行した後だと客観的な質問ではなく、主観的な質問になり、
よりコアな対話になっていくのです。
コアとは、「お互いが真剣に向き合っている状態」です。
真剣に向き合っているということは、「相手を尊重している」ということ
相手の魂を尊重しているということです。
相手の魂を尊重していることが一番伝わる方法が今日の名言の
「行動したか」ということです。
発言権は実績に伴うもの。
発言の良し悪しなんて実績の前にはどうでもいいことです。

Q.部下の教育に悩みがあります。部下全員に同じように教育しなければならないと思っているのですが、どうしても贔屓してしまいます。これはいけないことでしょうか?

千田琢哉名言その1977

A.
2016年12月17日21時21分17秒0011_R



ゆうそ考察)

会社が人間の組織である以上、人間の感情を無視して組織作りはできません。

やる気のある人間、かわいげのある人間に教えたいのは自然な感情。

千田本は、ズバリ!言います。「教える価値がある人間に教える」と。

教える価値のない人間には、教えなくていいということです。

会社は学校とは違い、利益を生み出す場です。

教えてもらって当然ではありません。利益を出して当然なのです。

利益を出しそうもない人間に教える価値はないのです。

 

 

Q.新入社員を部下に持つ、30代中間管理職です。私が新入社員の頃は、上司の言うことは絶対でした。「黒と言えば、黒」「白と言えば白」と疑問も持たずに従っていたものです。今や時代も変わり、上司の指示にもそのまま疑問を投げかけてくる新入社員。それも正論なので、私自身も戸惑ってしまいます。私の価値を変えるべきでしょうか?部下の価値を変えるべきでしょうか?

千田琢哉名言その1976

A.
2016年12月17日21時21分17秒0010_R

正論と雑用だ。


ゆうそ考察)

正論の善悪の問題ではなく、正論を盾にして仕事から逃げるのが悪だということです。

正論が会社を運営しているのではなく、人の想いで会社は運営されます。

社長の想いに部下が支援するのが会社。つまり上司の方針は、組織の方針でもあります。

上司に従えないのは、組織に従えないのと同じ。その組織にいるべきではありません。

上司に従うことは、時代には関係ない不変のルールです。



Q.会社の上司に不満があります。僕の言うことなすことすべてが気に入らないようです。上司も口先だけで仕事ができるとは言えません。もちろん尊敬もできません。異動願いを出そうか迷っています。どうすべきでしょうか?

千田琢哉名言その1975

A.お互いに不満を持ちながらも
傍にいられるということは、


2016年12月17日21時21分17秒0009_R


ゆうそ考察)

「連れ合い」の語源は、「釣り合う」です。

釣り合っているから、一緒にいられる。釣り合っていなければ一緒にはいられないのです。

つまり、同じ「類」だから一緒にいられるというわけです。

これは、すべての人間関係に当てはまります。

夫婦、恋人、友達、同僚、上司、会社、地域、国。

「類は友を呼ぶ」との言葉があるように、それ相応のサークルが出来上がります。

不満があっても、性格が合わなくても結果的に一緒にいれば、同じ類。

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