2015年06月21日06時25分23秒0016_R


人の価値は、どれだけ責任が取れるか
ということです。

後始末ができるとうことは、
責任が取れるということ。

正確には、責任を取れるくらい
「力」があるとうこと。

責任が取れるくらい自立して、
初めて、モノが言える。

初めて、同じ土俵に立てる。

  2015年06月21日06時25分23秒0013_R
命を懸けているから、
嫌いなことで人生を埋め尽くしている。



他人にどう見られるかを考えていると、
「自分」というものが抜けてくる。

それは、我慢を強いられるから。

「我慢」の意識下では、
「自分を否定している」ということになる。

世間によく見られたい人は、
「自分には嫌われてもいい」ということになる。

千田琢哉曰く、
「嫌なことをやって生きている人は、
 『こんなに自分は嫌いなことを我慢してやっているのだから
  認められて当然』と傲慢になっていることだ。」

  2015年06月21日06時25分23秒0014_R


「雑用はチャンス」

あらゆる雑用を、芸術的に仕上げることで、
一目置かれる。

「コイツに雑用なんかさせてはもったいない。」
と思わせることができる。

そうなれば、雑用を卒業できる。

千田琢哉曰く、
「一日も早く雑用のエキスパートになることだ。」

  2015年06月21日06時25分23秒0012_R
「仕事」は、
した気にならないようにしよう。



「した気」」というのは、曲者です。

本人は当然「仕事したぞ!」と思っているから
偽りにはならない。

けれど、無意識の罪は
罰せられない分、より罪が重い。

「した気」はあくまで主観の問題。

成果が出た時のみ、「仕事したぞ!」
と思っていいです。

  2015年06月21日06時25分23秒0011_R
発信しない。


今日の名言のように、
誰かが幸せにならないことは、
「実は正しくない」のです。

暴露して白黒はっきりさせたが、
誰も幸せにはならなかった。

正論を言い続けて、
誰かが不幸になった。

言わなくていいことは、
言わないでいい。

言っていいことも、
言わないでいいくらいです。

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