Q.学校の勉強が嫌いです。どうしたら好きなれますか?

  千田琢哉名言その2014

A.

2017年01月17日21時14分34秒0026_R

ゆうそ考察)
今日の名言には、2つの大事なポイントがあります。
1つ目のポイントは、「勉強は遊ぶものである」ということ。
勉強はやらされるものではありません。
勉強はしなければならないものでもありません。
勉強はやるものでもありません。
勉強はやってしまうものです。
やってしまうものの代表例が、「遊び」です。
やってしまう勉強は、ほぼ遊びなのです。

2つ目のポイントは、「勉強と一緒に」とあります。
これはどういう意味かというと、
勉強とは、「自分の好きな対象」のことです。
「好きな対象と遊ぶ時間が勉強だ」と言っています。
好きなことをやっている時間のことを、勉強の時間と言い、
勉強の時間を、好きなことをやっている時間と言います。
子供が遊びながら、学んでいるのと同じ意味です。


勉強とは自分の無知を徐々に発見していくことである。
                       ―ウィル・デュラント


無知を知っていく行為が楽しければ、それは勉強です。
好きだから一緒に遊ぶことができる。

Q.ちょっとしたことですぐに気分が下がってしまいます。どうしたらモチベーションを保てますか?

  千田琢哉名言その2013

A.
2017年01月17日21時14分34秒0025_R
モテる以上のモチベーションは存在しない。

ゆうそ考察)
モチベーションとは、人が何かをする際の動機づけや目的意識のことです。
「モチベーション=気分」ではありません。
むしろ全くの別物です。
気分は今の状態であって、モチベーションは動機です。
意識的無意識的に動くきっかけが、モチベーションです。

きっかけにも種類があって、「外発的動機づけ」と「内発的動機づけ」があります。
外発的動機づけとは、仕事などで「会社のために」「お金のために」といった外からの動機です。
内発的動機づけとは、「好きだからやる」といった内なるものからの動機です。
外発的動機づけは、なかなかモチベーションを持続できないのに対して、
内発的動機づけは、モチベーションを維持できるのだそうです。

モチベーションが保てないのは、自分の好きなことをやっていないという証明です。
やっていることの動機を考える必要がありそうです。

今日の名言にある、「モテる」という本能は完全なる内発的動機づけです。
これほど、強いモチベーションは存在しません。
これを使わない手はありません。

Q.最近、人の嫌なところばかり見えてしまいます。何が原因でしょうか?

  千田琢哉名言その2012

A.

2017年01月17日21時14分34秒0024_R
のだ。

ゆうそ考察)
「人の嫌なところが見えてしまう」ということは、
「人の嫌な部分に気づいている」ということです。
気づいているということは、その部分に反応しているということです。
反応するということは、嫌な電波を受信している自分がいるということに他なりません。
嫌な電波を受信してしまうのは、嫌な電波を発しているのと同類で、
人の嫌な部分が見えてしまうのは、自分が嫌な部分が剥き出しになっているからです。


私は今だかつて嫌いな人にあったことがない。
                 ―淀川 長治


よく「自分の思ったことが、現実となる」と言います。
具体的に言うと、自分の思っている風に現実が見えるのです。
現実はただ淡々と流れているところに、自分が色付する。
自分の好みの色で、色付けしている。
現実というキャンパスに、自分が気に入らいない色を付けて、
「この色気に入らない!」と騒いでいるのです。

Q.強い人は、なぜあんなに堂々としていられるのですか?

  千田琢哉名言その2011

A.空手の達人がどうして腹が据わっているかと言えば
喧嘩が強いからではない。


2017年01月17日21時14分34秒0023_R
からだ。

ゆうそ考察)
強いから、腹が据わるのではなく、
心の支えとなる師匠がいるから、堂々としていられる。
これは新しい気づきです。

人の強さとは何かと考えます。

力が強い。
権力がある。

強さを持つ以前に、精神の強さが求められます。
精神の強さが土台で、その上に実際の力が備わります。
つまり、心の強さが本当の強さとなる。
心の強さとは、自分一人で築けるものではありません。
心の支えとなる他の何かが必要です。
心の支えとなる代表例が、「師匠」や「先生」です。
自分の強さの先にいる、実体化したもの
自分の理想となる先にいる、実体化したもの
それが師匠です。
それさえあれば、何が起きても恐くない。

哲学用語で「強度」というものがあります。
量的差異が強度を表わすのだと言います。
つまり、量の違いや、種類の違いに強さを感じるということです。
この差異を測るための尺度が強さです。

差異を測るための尺度、それは他ならぬ「師匠」ではないかと思います。

Q.「人間皆平等」と言いますが、そう見えないのは僕だけでしょうか?

  千田琢哉名言その2010

A.もともと

2017年01月17日21時14分34秒0022_R

のだ。

ゆうそ考察)
世界の人口70億人。
その中で「衣食住」の足りている人口5億人。
日本の人口1億2000万人は、
その5億人の中に、すっぽり入るそうです。

「人間皆平等」だったら、70億人すっぽり入るはず。
飢餓もないし、平均寿命はどの国も同じになり、
同じ教育が与えられ、同じチャンスが与えられる。
「人間皆平等」は幻想に過ぎないのです。

「世の中汚いな」と思ってもこれが現実。
現実からスタートするのが、千田本流。
現実からしかスタートできないのが、事実。

このチャンスの中で自分に何ができるのか?
このチャンスをどう活かすことができるのか?
ただそれだけです。

現実を直視する心に、本当の理想が生まれる。
                   ―ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ


今、異変に気づいた人がいるなら、
これから対等な時代がやってくるかもしれない。
しかし、それに伴うバランスの埋め合わせは必ず出てくる。
その時、人は何を思うのか?
必要ならば残り、不必要ならば淘汰される。

本棚

検索をする

メールを送る

名前:
メール:
件名:
本文:

千田琢哉           ホームページ