千田琢哉曰く、

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1000回。

「千」に纏わる言葉。

「千年周期説」

「鶴は千年」

「千歳」

「千客万来」

「八千代」

「千と千尋の神隠し」

「千田琢哉」

「千」という数字には何か不思議な力があるのだと思います。

千回というのはそれに対して何か変化もたらす。

それは人が放った言葉でも、何かが起こる。

自分が変わるのもあるかもしれません。

けれど、その言った本人の周りも変わるのではないかと思います。










おもしろいことに、何でも千回実行すると
神様が力を貸してくれるのです。

                by斉藤一人







良くも悪くも変化がある。

「千」という数字は言わば、宿命の数字なのかもしれません。

それに関わるすべてのものに影響を与えます。

ゆうそ曰く、


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「分身、鏡」

  千田琢哉曰く

「こっそり隠れてやっていることは

 すべて楽しいことなのだから。」
 


                     千田琢哉著『あの人と一緒にいられる時間はもうそんなに長くない』より。



「子供が遊んでばかりいる」

「子供が全然勉強しない」

そんな悩みを持つ親は多い。

むしろ、ほとんどの親が同じ悩みを持つ。

そんな親に限って、「勉強しなさい」が口癖になっている。

これが、一番の原因。

大人ですら「やりなさい」「やれ」と言われて
反発心を抱かないわけありません。

当たり前の話。

子供でも、大人でも何かをやらせるには
自ら動いてもらう他ありません。

千田琢哉曰く、
「子供に勉強させたかったら、親が勉強すればいいだけの話だ。
 親がこっそり勉強すれば子供が勉強するようになる」

「親の背を見て子は育つ」と言いますが、まさにその通り。

親がやっていることを真似るのが子供。

子供が勉強しないのは、
親がTVを観ながらゴロゴロしているからです。










子供は両親が家で話すことを、街でしゃべる。

                   byユダヤ教典










「親の顔が見てみたい!」なんて言いますが、
これは嫌味でも、皮肉でもありません。

理に適った言葉です。

子供は親の分身。

そう考えると、「教育」って自分も育てるのですね。


 




ヒトコトメイゲン

2013年12月16日05時51分43秒

「いじめは犯罪になる」

  千田琢哉曰く

「いじめはあるという前提で対話しなければ

 本音は出てこない。」


 

                   千田琢哉著『あの人と一緒にいられる時間はもうそんなに長くない』より。


まったくその通りだと思います。

いじめはどこにでもあるもの。

人が集まればいじめが発生するというくらい。

いじめ問題と向き合うには、いじめがあるものだという
前提で話を進めなければなりません。

いじめが子供の枠を越えて、社会問題である認識をする事から
はじまります。

千田琢哉曰く、
「戦争といじめは必ず起こるのだ」

必ず起こる問題に対してどう接すればいいのか?

これこそ、人類の永遠のテーマです。










いじめを無くすにはどうしたらいいか
「いじめ」という軽い感じの言葉を無くせばいいのです。
「暴行」「虐待」「殺人」「犯罪」という
重い言葉を使えばいいのです。
「いじめ」はれっきとした犯罪なのですから、
「いじめっ子」は「犯罪者」なのです。

                 by美輪明宏











呼び方を変えるだけで、100%とまではいかなくても
かなり抑えられるのではないでしょうか?

「いじめ」の重大さを自覚するはとても大事です。

僕が思うのは、戦争が無くならないのと同じく、
いじめも無くならないのではと。

必要性があるものは残り、
無いものは淘汰されるのは世の常。

つまり「戦争」も「いじめ」も必要性があるのではないかと。

「戦争を無くそう」「いじめを無くそう」と漠然と叫ぶより、
それらが残る意味を先に考えたほうがいいのかも知れません。






ヒトコトメイゲン

2013年12月16日05時51分43秒_001

「間接罪」

  千田琢哉曰く

「これから何かに挑もうとする人間に対し、

 ガミガミ言うのは、間接的な殺人行為なのだ。」

 
                                千田琢哉著『あの人と一緒にいられる時間はもうそんなに長くない』より。



これから会社へ行く夫に対して喧嘩をするのは殺人行為。

これから学校へ行く子供に対してガミガミ言うのは殺人行為。

朝から、喧嘩してイライラ状態のまま外に出れば、
交通事故や事件に巻き込まれやすいといいます。

そんな精神状態なら何が起こっても不思議ではありません。

千田琢哉曰く、
「直接的にしろ、間接的にしろ、原因をつくったのは出掛けに
 ガミガミ言った人間だ。」

ガミガミ言いたくなるのはわかりますが、
相手が事故に巻き込まれ死んでしまったら、
悔やんでも悔やみきれません。












人は喧嘩するとき、双方とも悪いと感じている。

                byゲーテ









けれど、登った木から降りられない状態。

引くに引けない状態。

本当はそこまで言いたくない。

本音はそう思っている。

そんな程度で、
相手が一生帰らない人間になってしまうのでは割に合いません。





ヒトコトメイゲン

2013年12月16日05時51分44秒

「ズバ!」

  千田琢哉曰く

「親が子を殴るのは愛ではない。

 単に憎いからだ。」

 
                     千田琢哉著『あの人と一緒にいられる時間はもうそんなに長くない』より。

「ズバリ名言」です。

「親が子を殴るのは愛ではない、憎いからだ!」

ズバリ・・・。

どんなに口実が立派でも、
殴ってしまうのは自分の感情をコントロールできなかったという
事実に他ならない。

自分の思い通りにならないから、力でねじ伏せようとする。

これでは、力に屈した者たち。

権力を振りかざしているだけ。

犯罪に近い。

千田琢哉曰く、
「子を殴ろうとしたその拳は
 自分に向けるべきだということ。」

殴るのは、教育を放棄しているのと一緒。

感情の暴走。

どっちちが子供なのか。









叱ることと、怒ることは違います。

             by美輪明宏











叱るのは、子供のため。

怒るのは、自分のため。

叱るのは、子供のことを考えている。

怒るのは、自分のことを考えている。

叱るのは、子供がかわいいから。

怒るのは、自分がかわいいから。









ヒトコトメイゲン

2013年12月16日05時51分45秒

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