千田琢哉曰く、

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起こる現実は、すべては自分の想い方です。

どんなトラブルもどんな災難も、
起こることに意味はありません。

すべて「自然現象」のようなもの。

そこに人間が「あーでもない、こーでもない」と
意味付けしていく。

それを「出来事」と言っているだけ。

千田琢哉曰く、
「最悪のサービスを受けたら、
 笑いのネタに転換していく。」

起こった出来事をすべて、プラスに捉えれば、
それは糧になる。

起こった出来事をすべて、マイナスに捉えれば、
それはゴミでしかない。





すべての出来事はすべてが未来への糧になる。

                 by中田英寿





過去の不幸も、今の幸せの為にあったものだと考える。

どんな過去も塗り替えられる。

今想った事が今起こった現実

みんな同じ。

ゆうそ曰く、

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  千田琢哉曰く、

2014年06月22日22時39分20秒_004


技は永遠に完成することはありません。

「一生勉強」というように、
どれだけ極めようと、終わりはありません。

そもそも、人類が生成発展していく以上、
常に進化し続ける。

逆に言えば、完成は「死」を意味します。

成長がストップしたら「維持」ではなく、
「退化」なのだから。

千田琢哉曰く、
「極めた、完成したと口に出した瞬間
 成長が停止する。」

口に出した瞬間、思考がストップする。

思考の停止自体が衰退の一途。




300年くらい生きても結局は未完で終わるだろう。
逆に未完が人間の充実かなと思う。

                by高山辰雄




完成しないことが、完成されたこと。

未完成なのは「伸びしろがある」という考えではなく、
「常に発展があるから未完成」ということです。

ゆうそ曰く、

2014年06月22日22時39分21秒

  千田琢哉曰く、

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動機は誰だって、我欲のため。

しかし我欲剥き出しで、突っ走っても
やがて限界が来ます。

そんな時、思い出してもらいたいと、
千田琢哉曰く、
「才能というのは、自分以外の周囲のためのもの」

自分の為だけだと、ドン詰まりになる。

他人の為だけだと、偽善者くさい。

だから、清濁併せ呑んで
「自分の為の相手の為」を目指す。

自分の為から、自分の周囲の為、
世間の為から、国の為、強いては世界のため、
人類の為と自分の欲が壮大になっていく。

永遠に活力が漲る。






外灯というのは人のためにつけるんだよな。
私はどれだけ外灯をつけられるだろうか。
 
               by相田みつを




他人の為につけた灯火が、自分の足下を照らす光となる。

相手の為は、自分の為。

巡り巡ってみんなを照らす。

ゆうそ曰く、

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  千田琢哉曰く、

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2014年06月22日22時39分19秒

確かに本ばかり読んでいると
一見、行動力が無さそうに見えます。

「考えるよりまず行動派」の人から見たら、
鈍くさそうに見えます。

けれど実際は真逆だと千田琢哉曰く、
「むしろ読書家の方が行動力はあり、
 本を読まない人のほうが行動力はない。」

本を読んでいる人は、
「いつか俺も・・・」と沸々している。

常に臨界点。

本を読んでいない人は、その時の瞬発力はあるが、
尻つぼみになってしまう。

読書とは行動力のカンフル剤なのです。






読書とは教わるものではなく、
それによって自分の頭を動かすことである。

              by河上徹太郎




自分で自分の頭を動かす。

その行動自体が能動的。

それが行動力に変換される。

読書とは変換スイッチ。


ゆうそ曰く、

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  千田琢哉曰く、

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自分の才能とは、世間体を抜きにした無垢な自分。

無垢な自分とは、夢の先にあるものではなく、
平凡な日常にあるもの。

日常に無垢な自分を据え置くことができるかが
才能なのです。

千田琢哉曰く、
「その技で飯を食っていけるということが
 人生を謳歌するということだ。」

自分のやりたいことができて
尚、お金がもらえるのは人間の最高の報酬。

自由を求める人間にとって、
この上ない本能です。





真の自由とは自己の内面的性質より、
働くといういわゆる必然的自由の意味でなければならぬ。

                 by西田幾太郎





「自由に生きる」と
「自由で生きる」の差です。

前者は自分の気持ちの次第。

後者は社会的に自由でいられる自由のこと。

似ているようで、全く違う。

「夢見るミュージシャン」と
「夢売るミュージシャン」の違いくらい。


ゆうそ曰く、

2014年06月22日22時39分20秒

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