千田琢哉曰く、

2014年10月18日22時51分57秒_002

携帯をうっかり忘れてしまった・・・。

なにやら、不安に駆られます。

けれど、無くても以外と不便には感じません。

むしろ、普段気が付かないようなことに、
出逢えます。

携帯電話に顰めっ面をしている人。

携帯電話とにらめっこしている人。

メールを打つ手が、何かに取り憑かれるたかのような人。

どれも、格好良さは感じません。

「普段、自分もこうなのか・・・。」
と気がつけます。

普段の自分の姿が顕在化されたようです。

千田琢哉曰く、
「あえて携帯電話を持たない日をつくる。」

不自由さの中に、本当の自由を見つけられる。

本当は、携帯しているのではなく
携帯されていただけ。

自由さの中の、不自由さに住んでいただけ。



人生を変えるきっかけというのは、
日常茶飯いろいろなところに転がっていると思うんです。
転がっているのに気づくか、気づかないか。
気づいたときに取るのか、取らないのか。

                by向井千秋




「気づくか、気づかないか」は、結果論ではありません。

「気づくか、気づかないか」は、選択しているのです。

気づいたのは、「気づく」を選択したから。

気づいていないのは、「気づいていない」を選択したから。




ゆうそ曰く、

2014年10月18日22時51分58秒

  千田琢哉曰く、

2014年10月18日22時51分58秒_001

「なんで出ないんだ!」

「なにしてんのよ?」

相手が電話に出ないからと言って、
むくれているのは、実は筋違いなのです。

電話をかけるとき、
かける側は都合がいい時にしかかけない。

電話をかけられる側は、
いつも都合が悪い。

この事実を踏まえた上で、
電話をします。

千田琢哉曰く、
「電話に出てもらえたら
 『これはありがたいことだ。』と感謝できます。

電話に出るのが当たり前ではなく、
電話に出てもらえたらとてもラッキーなのです。







神様ねえ、もし僕が彼女といること
当たり前だと思ったら、
力いっぱい、つねってください。

             by槇原敬之





目の前の当たり前こそ、よく分析すれば
全然当たり前ではないことに気が付きます。

むしろ、奇跡的なことだと感謝すらします。

当たり前のことほど、緻密だったりします。

ゆうそ曰く、

2014年10月18日22時51分59秒

  千田琢哉曰く、
2014年10月18日22時51分57秒


今、目の前にいる人がお得意様だから
大切にするのではありません。

今、目の前にいる相手が下請け会社の社員だから
雑にしていいわけではありません。

どんな相手であれ、今目の前にいる人が
一番大切な人です。

「タイム イズ ライフ」

お互いがお互いの目的の為に、
命を削って目の前にいる。

「時間=命=有限」常に心に。

千田琢哉曰く、
「商談中、携帯電話の電源は切っておく。」

それが相手の命に対するマナー。

公共のマナーは守れる人でも
命に対するマナーを守れる人は少ない。

守れる人が少ないから、価値があるのかもしれません。







人間同士なら遠慮や気遣いも必要だが、
見た目だけの人間の動物に何の遠慮が必要か。

              byネットより。




マナーで装っていても、そこに「心」がなければ
群の中にいる動物です。

心とは、意識するもの。

相手のことを意識することが最大のマナー。

ゆうそ曰く、

2014年10月18日22時51分57秒_001

  千田琢哉曰く、

2014年10月18日22時51分56秒_001

確かにそうです。

パーティはやりたい人が参加するもの。

「社交辞令的」に参加を募っても、
楽しいとはほど遠い。

「参加することに意義がある」程度では、
楽しいとはほど遠い。

千田琢哉曰く、
「がんばればがんばるほどに、
 ますます人脈が途切れてしまうのです。」

人は、強要されるのが嫌いです。

自らやりたいことが、やりたいのです。

自由を奪われることほど、つまらないものはありません。








いかなる人間も自分自身の掟に従って
自由に生きたいと思う。

          byシラー





自分自身の掟とは、つまり「自由」です。

「自由」とは、解き放たれた時に感じるものではなく、
最初から所有しているもの。

それを行使できること。

ゆうそ曰く、

2014年10月18日22時51分56秒_002

  千田琢哉曰く、
2014年10月18日22時51分55秒


どう違うのかというと、
「好奇心旺盛」は準備した上で、相手に聴くこと。

「下衆の勘ぐり」は準備なしで、相手から聞き出そうとすること。

準備したかどうかで、相手の印象は180度変わります。

興味本位でしかない相手では、
話す内容も180度変わってきます。

千田琢哉曰く、
「相手について知り得る情報は
 すべて準備して臨む。」

それが相手に対するマナーであり、
命に対する敬意でもあります。

命を重んじることほど、尊いものはないのです。






「聞く」は生理学的現象であり、
「聴く」は心理学的現象である。

              byロラン・バルト




「聞く」は自分の意識がない。

「聴く」は自分の意識がある。

無意識ほど、つまらないものはありません。 

ゆうそ曰く、

2014年10月18日22時51分56秒

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