千田琢哉曰く、

2014年06月22日22時39分22秒_003

ナルホド。

きっかけとトラブルは同一人物だったということです。

トラブルに巻き込まれても、全力で対応すれば、
成長のきっかけとなる。

トラブルはひっくり返すと、チャンスになる。

千田琢哉曰く、
「きっかけがないと、ふて腐れている人は
 トラブルから逃げているだけの話だ。」

トラブルを避けているから、
きっかけというチャンスに恵まれない。

きっかけがない。というより、
単にやる気がないのです。




すべての偉大な発見は間違えをきっかけとしている。

             byマーフィーの法則





やはり、幸せはいつも逆にあるんですね。

人が避けて通らない道にこそ、幸せはある。

失敗、挫折、トラブル、難関、大変なことの裏に
幸せはあるのだと。

逆に言えば幸せの裏には、
トラブルや失敗が潜んでいるということです。

ゆうそ曰く、

2014年06月22日22時39分22秒_004

  千田琢哉曰く、

2014年06月22日22時39分22秒_001

「何かきっかけがあれば俺だって・・・」

よく言われる、「下げフレーズ」

けれど待っていて、「きっかけ」が訪れることは
あるわけもなく、来るわけもなく。

来るのは老齢だけ。

きっかけは自作自演でいいと、
千田琢哉曰く、
「独立する為に、辞める原因を自らつくってしまう。
 告白する為に、偶然を装って出会いに行く。」

成功者が語らない真実。

応報の為の因果づくりを人工的に創ってしまう。







棚からぼた餅。

        byことわざ




「自分で棚にぼた餅を置いて、
 さらに棒で、ぼた餅を突っつく」
くらいの周到さでなければ成功できない。

Made in jinnsei.


ゆうそ曰く、

2014年06月22日22時39分22秒_002

  千田琢哉曰く、

2014年06月22日22時39分21秒_004

「夢を熱く語る人は、カッコいい!」と思っている人は
実際の所、「夢を叶えたい」と思っていない人。

夢を語ることで、満足してしまう。

相手からすごいと言われただけで、満足してしまう。

すると、すでに夢を叶えてしまったかのように
満足してしまい行動力がなくなる。

夢を叶えるより、夢を語るほうが手軽だし、
気軽だし軽い人生で済む。

毎年、宝くじを買って
「今年も当たらなかったなあ・・・」と元旦早々に落ちる。
のに似ている。

千田琢哉曰く、
「そうやって夢の大きさを自慢しながら
 パッとしない人生で幕を閉じる。」

語るだけの夢では、虚しさ。

叶える夢だからこそ、楽しい。

傍観者から挑戦者へ。




夢が現実に変わることが必ずしも
幸せとは限らない。

          by山根俊明






「夢を叶えても、苦難の道」

それは本当の夢ではないのかもしれません。

建前の夢だったのかもしれない。

夢を語る前に、自分と語ることが先決です。

ゆうそ曰く、

2014年06月22日22時39分22秒

  千田琢哉曰く、

2014年06月22日22時39分21秒_001
2014年06月22日22時39分21秒_002

起こる現実は、すべては自分の想い方です。

どんなトラブルもどんな災難も、
起こることに意味はありません。

すべて「自然現象」のようなもの。

そこに人間が「あーでもない、こーでもない」と
意味付けしていく。

それを「出来事」と言っているだけ。

千田琢哉曰く、
「最悪のサービスを受けたら、
 笑いのネタに転換していく。」

起こった出来事をすべて、プラスに捉えれば、
それは糧になる。

起こった出来事をすべて、マイナスに捉えれば、
それはゴミでしかない。





すべての出来事はすべてが未来への糧になる。

                 by中田英寿





過去の不幸も、今の幸せの為にあったものだと考える。

どんな過去も塗り替えられる。

今想った事が今起こった現実

みんな同じ。

ゆうそ曰く、

2014年06月22日22時39分21秒_003

  千田琢哉曰く、

2014年06月22日22時39分20秒_004


技は永遠に完成することはありません。

「一生勉強」というように、
どれだけ極めようと、終わりはありません。

そもそも、人類が生成発展していく以上、
常に進化し続ける。

逆に言えば、完成は「死」を意味します。

成長がストップしたら「維持」ではなく、
「退化」なのだから。

千田琢哉曰く、
「極めた、完成したと口に出した瞬間
 成長が停止する。」

口に出した瞬間、思考がストップする。

思考の停止自体が衰退の一途。




300年くらい生きても結局は未完で終わるだろう。
逆に未完が人間の充実かなと思う。

                by高山辰雄




完成しないことが、完成されたこと。

未完成なのは「伸びしろがある」という考えではなく、
「常に発展があるから未完成」ということです。

ゆうそ曰く、

2014年06月22日22時39分21秒

  千田琢哉曰く、

2014年06月22日22時39分20秒_001
2014年06月22日22時39分20秒_002

動機は誰だって、我欲のため。

しかし我欲剥き出しで、突っ走っても
やがて限界が来ます。

そんな時、思い出してもらいたいと、
千田琢哉曰く、
「才能というのは、自分以外の周囲のためのもの」

自分の為だけだと、ドン詰まりになる。

他人の為だけだと、偽善者くさい。

だから、清濁併せ呑んで
「自分の為の相手の為」を目指す。

自分の為から、自分の周囲の為、
世間の為から、国の為、強いては世界のため、
人類の為と自分の欲が壮大になっていく。

永遠に活力が漲る。






外灯というのは人のためにつけるんだよな。
私はどれだけ外灯をつけられるだろうか。
 
               by相田みつを




他人の為につけた灯火が、自分の足下を照らす光となる。

相手の為は、自分の為。

巡り巡ってみんなを照らす。

ゆうそ曰く、

2014年06月22日22時39分20秒_003

  千田琢哉曰く、

2014年06月22日22時39分18秒_004
2014年06月22日22時39分19秒

確かに本ばかり読んでいると
一見、行動力が無さそうに見えます。

「考えるよりまず行動派」の人から見たら、
鈍くさそうに見えます。

けれど実際は真逆だと千田琢哉曰く、
「むしろ読書家の方が行動力はあり、
 本を読まない人のほうが行動力はない。」

本を読んでいる人は、
「いつか俺も・・・」と沸々している。

常に臨界点。

本を読んでいない人は、その時の瞬発力はあるが、
尻つぼみになってしまう。

読書とは行動力のカンフル剤なのです。






読書とは教わるものではなく、
それによって自分の頭を動かすことである。

              by河上徹太郎




自分で自分の頭を動かす。

その行動自体が能動的。

それが行動力に変換される。

読書とは変換スイッチ。


ゆうそ曰く、

2014年06月22日22時39分19秒_001

  千田琢哉曰く、

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2014年06月22日22時39分19秒_003

自分の才能とは、世間体を抜きにした無垢な自分。

無垢な自分とは、夢の先にあるものではなく、
平凡な日常にあるもの。

日常に無垢な自分を据え置くことができるかが
才能なのです。

千田琢哉曰く、
「その技で飯を食っていけるということが
 人生を謳歌するということだ。」

自分のやりたいことができて
尚、お金がもらえるのは人間の最高の報酬。

自由を求める人間にとって、
この上ない本能です。





真の自由とは自己の内面的性質より、
働くといういわゆる必然的自由の意味でなければならぬ。

                 by西田幾太郎





「自由に生きる」と
「自由で生きる」の差です。

前者は自分の気持ちの次第。

後者は社会的に自由でいられる自由のこと。

似ているようで、全く違う。

「夢見るミュージシャン」と
「夢売るミュージシャン」の違いくらい。


ゆうそ曰く、

2014年06月22日22時39分20秒

  千田琢哉曰く、

2014年06月22日22時39分18秒_002

お金を払うのは、相手の生活の為でも
日本経済を支える為でもありません。

自分の為にお金を払うのです。

自分が学ぶために、払うのです。

人は、無料で与えられたものに感謝しません。

感謝するどころか、「もらってやった」と傲慢になってしまう。

無料配布されるティッシュやスーパーの試食。

試供品、フリーペーパー。

そこに有り難みを感じません。

千田琢哉曰く、
「人は自分より格下だと判断した相手からは
 何も学ぶことができない。」

そもそも、お金を払うに値するものかどうか?

価値があればお金を払い、
価値がなければお金を払わない。

お金を介すると、人間は正直です。





只より高いものはない。

          byよく言われる言葉





無料と言っても、完全なる無料のものは存在しません。

やはり与えられたからには、
代償を支払わなければなりません。

代償はお金とも限りません。


ゆうそ曰く、

2014年06月22日22時39分18秒_003

  千田琢哉曰く、

2014年06月22日22時39分18秒

ナンバーワンを目指さないオンリーワンは、
弱者のいいわけ。

オンリーワンはお情け頂戴でしかありません。

だからといって、ナンバーワンがすべてとならないのが、
この世のおもしろいところ。

ナンバーワンには期限がある。

その期限は短い。

競争率が高ければ高いほど、より短くなる。

では何を目指したらいいのか?

それは今日の名言。

「オンリー&ナンバーワンを目指す」のである。

「オンリー&ナンバーワン」とは、
オンリーワン内のナンバーワンになるということです。

オンリーワンというニッチな分野でナンバーワンを目指すのです。

千田琢哉曰く、
「一度はナンバーワンを獲得しなければならない。」

そう、やはりどんなニッチな分野でも、
ナンバーワンは目指さなければ、
お話にならないということです。






ナンバーワンでオンリーワンを目指す。
 
                  by三木谷浩史




ナンバーワンはその一瞬はオンリーワンである。

けれど、その一瞬だけ。

永遠に勝ち続けるためには、やはりオンリーワン的な存在になる。


ゆうそ曰く、

2014年06月22日22時39分18秒_001

  千田琢哉曰く、

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2014年06月22日22時39分17秒_003

気づきの名言です。

いかに人は、他人への興味が無いのがわかります。

否、他人への興味の希薄より、
自己への関心の高さの方が上回っているのが人間です。

だから、人がどんな噂をしようとも、
その場だけの盛り上がりで終わる。

気にすること自体が取り越し苦労。

どんな凶悪犯罪、大震災が起こっても
その時はウェットだが、時が過ぎればドライになる。

千田琢哉曰く、
「ふと我に返ると、必ず自分のことだけを考える。」

それはもはや、生存本能。






人の噂も75日。

         byことわざ






だからこそ、相手を想いやることに価値がある。

ちょっとした気遣い。

相手を敬う心。

この価値の為に生きている。

ゆうそ曰く、

2014年06月22日22時39分17秒_004

  千田琢哉曰く、

2014年06月17日22時03分34秒_006
2014年06月17日22時03分34秒_007
核心を突く名言です。

それだけに心に突き刺さる名言です。

人は皆、理想と現実のギャップの穴埋めに
欲しいものをいらないといい、
好きな人に興味のないふりをする。

変なプライドで人生をつまらなくしてしまう。

2013年世界幸福度ランキングで43位でした。

豊かな国にも関わらず、幸福度が低い。

これは単純に「素直じゃない」からだと思います。

千田琢哉曰く、
「直球勝負で生きていると、遠回しに生きている人の
 何倍も人生を味わうことができてお得だ。」

「直球勝負の人生」とは素直な自分。

「遠回しの人生」とは素直になれない自分。

どちらの人生も選択できる。






禍福は天にあらず、人の招く所にある。

             by本多正信




いつも直球勝負でいれば、後悔はない。

やって後悔するのは、気持ちのいい後悔。

気持ちのいい後悔は、またやろうと思える。


ゆうそ曰く、

2014年06月22日22時39分16秒

  千田琢哉曰く、

2014年06月17日22時03分33秒_004
2014年06月17日22時03分33秒_005

逆に言えば、本能が評価すること以外は
「屁理屈」だということ。

これは人生全般にも置き換えられます。

生涯の仕事として選んだ職業。

生涯の相手として選んだ結婚。

屁理屈で選ぶと地獄行き。

本能で選ぶと天国行き。

千田琢哉曰く、
「にも関わらず惚れる。」

すべてはこの言葉に集約されます。

条件が悪いにも関わらず、やってしまったことが
自分の本音。

裏と表があることが真理に近い。






人間は常に自分に理解できない事柄は
何でも否定したがるものである。

             byパスカル




だからこそ、「本能」で決めることが重要です。

理屈で決めたことは建前が含まれている。

建前ではいつか息切れする。





ゆうそ曰く、

2014年06月17日22時03分34秒

  千田琢哉曰く、

2014年06月22日22時39分16秒_001
2014年06月22日22時39分17秒

欲しいものを、欲しくないと言ってしまう。

欲しくないものほど、欲しいと言ってしまう。

人は、どこまで行っても天の邪鬼。

「所詮OOなんて・・・」

「所詮」とつく話題ほど、その人が一番興味のあること。

人はどこまで行っても、天の邪鬼。

欲しくてたまらなくて、でも手に入れる力もなければ、
勇気もないから、それ自体を否定することによって
精神的バランスを取る。

「子供が自分の好きな子をいじめてしまう現象」です。

「嫌い!」は「好き!」の裏返し。

人はどこまで行っても、天の邪鬼。

千田琢哉曰く、
「人は、自分に欠けているものに対して、
 語りたがる習性がある。」

触れて欲しくない話題はあえて、声を大にして
乗っかってしまう。

フォローを自分にしてしまう。

人はどこまで行っても、素直になれない。





弱い人間は素直になれない。

               byラ・ロシュフコー





人には「素直になれ!」と言っておきながら、
自分が一番が頑固。

自分に対しても、自分が一番頑固。

人はどこまで行っても、人間だ。



ゆうそ曰く、

2014年06月22日22時39分17秒_001

  千田琢哉曰く、

2014年06月17日22時03分34秒_003
2014年06月17日22時03分34秒_004

これが男と女の本質。

男の価値は「権力」と「年収」が決める。

女の価値は「おしゃれ」と「愛」が決める

これ以上でもなく、これ以下でもありません。

「男はいくつになっても、子供」といい、
「女はいくつになっても、女」という。

この言葉はそれを物語っています。

表面上は大人でも、中身は子供。

千田琢哉曰く、
「初対面でこれらの話題に触れるのがタブーになっているのも、
 それが本質だからである。」

初対面で勝ち負けが決まってしまうことほど、
人は触れられたくない。

つまり、それが本質。

本質は見え隠れない。

最初からそこにある。






無になれないときには、
ものの本質を見ることはできない。

              byアントニオ猪木




無とは、本能に赴いている状態。

正確には、遺伝子に従っている状態。

これを無視して、自分を語れない。

ゆうそ曰く、

2014年06月17日22時03分34秒_005

 
千田琢哉曰く、

2014年06月17日22時03分33秒_002

ナルホド名言です。

「仕事は好き嫌いでするものではない!」
と言われます。

常識という名の偏見では、それが模範解答。

けれど、我々は人間です。

機械ではなく、生身の人間。

正直なところ、すべてが好き嫌いだ!

千田琢哉曰く、
「嫌いな相手とは仕事を成功させても、
 また一緒に仕事したいとは思わない。
 だが、好きな相手と仕事に失敗しても
 もう一度一緒に仕事したいと思う。」

人間とは、どこまで行っても好き嫌いでできている。

好きなら、矛盾していてもやってしまう。

嫌いなら、正論でもやらない。






人を感動させるには、理屈よりも感情です。
あなたは感情に訴える方法を学びなさい。

                 byJ・マーフィー




相手があからさまに依怙贔屓していたら、
それが答え。

本音とは、にじみ出てしまうもの。

矛盾を受け入れた上で、スタート。


ゆうそ曰く、

2014年06月17日22時03分33秒_003

  千田琢哉曰く、

2014年06月17日22時03分33秒

2番と3番の差はそれほどありませんが、
1番と2番は、かなりの差があります。

雲泥の差です。

なぜなら2番以下は、その他大勢だからです。

なぜそんなに差があるのか?

それは1番は「記憶に残り」、
2番は忘れられてしまうから。

たったこれだけのことなのです。

千田琢哉曰く、
「正確には1番だけが突出して目立ち、
 2番から100番はどれも似たり寄ったりだ。」

だから1番は尊い。

2番はやはり2番。

1番の引き立て役でしかありません。






ナンバーワンと組むことに成功すれば、黙っていても
すべてがうまく行きます。

             by孫正義




それは、自分がナンバーワンにほど近いから。

ナンバー2でもいかに、ナンバーワンとの差が埋められるか?

ただただ貪欲にナンバーワンを目指す。

ゆうそ曰く、

2014年06月17日22時03分33秒_001

  千田琢哉曰く、

2014年06月17日22時03分32秒
2014年06月17日22時03分32秒_001

運命の師匠に出逢った時、
「この人が運命の師匠だ」と直感的にわかるといいます。

厳しいことを言われているのに、なぜが素直になってしまう。

理不尽な事を言いわれたのに、なぜかケロッとしている自分がいる。

千田琢哉曰く、
「勘違いしてはいけないのは、甘やかしてくれる人が
 師匠ではないということだ。」

甘やかしてくれるのは、
相手にとって都合がいいだけなのかもしれません。

それはもしかしたら、今回限りのつながりでしか
思っていないからかもしれません。

相手のことを想っているからこそ、
厳しく直言するのです。

それでも、結果的についてきた人が運命の師弟。






どんな師匠も巧妙や経験を、
自分の弟子に伝授することはできない。

            byゲーテ




それは受け取り側の問題。

すべては受け取り側の問題。

素直に吸収できるか?

拒絶反応を起こして、受けつけないか?

そう考えると、やはり運命の出逢いです。

ゆうそ曰く、

2014年06月17日22時03分32秒_002

  千田琢哉曰く、

2014年06月17日22時03分30秒
2014年06月17日22時03分30秒_001

99%の凡人は常に誰かに、何かに認めたがれています。

世の中、承認欲求人で溢れかえっている。

雛鳥のいる巣に、親鳥がエサをくわえてやってきたイメージです。

99%の雛鳥は、1%の親鳥に認められる為に人生を捧ぐ。

残り1%の親鳥は、99%の雛鳥を認めることで
99%の雛鳥をコントロールしている。

千田琢哉曰く、
「成功者たちは凡人たちに支えてもらうしか
 生きる道がないのだ。」

99%の凡人に感謝した結果、99%の凡人の欲求に
答えていた。

どちらが欠けても、成立できない。

どちらが欠けても、幸せになれない。

贔屓目に見えても、共存関係は成立しています。







人間は善良であればあるほど、他人の良さを認める。
だが、愚かで意地悪であればあるほど、他人の欠点を探す。

                    byトルストイ




前者は自分も相手も幸せなのに対して、
後者は自分も相手も不幸です。

投げかけたものが、返ってきている。

放物線を描いて、返ってきている。

ゆうそ曰く、

2014年06月17日22時03分30秒_002

  千田琢哉曰く、

2014年06月17日22時03分29秒_002

荷物の量は、トラブルの量に比例する。

電車内でパンパンに詰め込んだリュックが、
人にぶつかる。

狭い道を両手に荷物を抱えて歩くと、
通りすがりの人にぶつかる。

ただ単に、抱えている荷物が多いというだけで、
トラブルに見舞われる。

千田琢哉曰く、
「いざとなった時に、一歩を踏み出せない。」

何かに躓いたとき。

何かにぶつかりそうなとき。

その一歩が踏み出せずに、転んでしまう。





積みすぎは、ロバを殺す。

           byフランスの格言。




つまり、荷物とは執着のこと。

執着があると、新しいチャンスをものにできない。

両手が塞がっていては、せっかくのチャンスをものにできない。

抱え込んでいるその、荷物(価値観)は、
チャンスを逃している。

ゆうそ曰く、

2014年06月17日22時03分29秒_003

  千田琢哉曰く、

2014年06月17日22時03分29秒

衝撃です。

もう衝撃名言です。

なんと運、不運は「運」が関係ない!?

晴天の霹靂名言。

運は、「自分の属しているグループで決まる!」
と言います。

「朱に交われば赤くなる。」というように、
環境が自分を変えてしまうのです。

運のいい人たちと一緒にいると、
運がいいことが常識となる。

運が悪い人たちと一緒にいると、
運が悪いことが常識となる。

千田琢哉曰く、
「運のいい人には、運のいい人の正解がある。
 運の悪い人には、運の悪い人の正解がある。」

グループ内の常識が、自分の常識となる。

グループ内の正解が、自分の正解となる。







不誠実で悪意のある友人は、
野獣よりも有害である。

              byブッダ





悪い友人を持っているくらいなら、
独りの方がいい。

いい友人でも、独りの方がいい。

それなのに、まだ一緒にいてくれる友人は宝になります。

ゆうそ曰く、

2014年06月17日22時03分29秒_001

  千田琢哉曰く、

2014年06月17日22時03分28秒_002

「堅いものは強く、柔らかいものは弱い」というイメージがあります。

強面の人は、強いイメージ。

謙虚な人は、弱いイメージ。

けれど、逆なんです。

強面の人は、実は「弱い」のです。

強く見せて戦闘を避けようとしています。

丁度、犬がキャンキャン鳴いて
相手を威嚇しているようなイメージです。

謙虚な人は、実は強いのです。

弱く見せることで、爪を隠すことができるからです。

丁度、ライオンが悠然と歩いているイメージです。

外見もそうですが、頭の中も同じ。

発想が堅い人は、創造性に欠ける。

発想が柔軟な人は、創造力豊か。

千田琢哉曰く、
「発想が柔軟だと周囲の協力を得やすい。」

発想が柔軟だと、気配りができる。

そして、相手の気持ちがわかる。

結果、協力してくれる。





柔よく剛を制す。

         byことわざ




人間も、動物も、植物も、昆虫も死ぬと堅くなります。

体液が無くなって堅くなる。

堅いということ自体、生命の危機であることがわかります。

堅い考えはそもそも、危機の始まりなのです。


ゆうそ曰く、

2014年06月17日22時03分28秒_003

  2014年06月17日22時03分27秒_003
2014年06月17日22時03分28秒
千田琢哉曰く、


深い気づきの名言です。

深海名言。

千田琢哉曰く、
「ずっと幸せな人は、何をやっていても幸せそうな顔をしている。
 実際に幸せなのだから。
 ずっと不幸そうな人は、何をやっていても不幸そうな顔をしている。 
 実際に不幸なのだから。」

そう、当たり前なのです。

幸せなら、何をやっていても楽しい。

不幸なら、何をやっていてもつまらない。

今幸せなのは、幸せになるプロセスを踏んでいたから。

今不幸なのは、不幸になるプロセスを踏んでいたから。

全部自分で仕組んでいたのです。






神は人を不幸にすることも、幸福にすることもできない。
ただ出来事を起こすだけ。

              by水野敬也




自分で自分の種を蒔いている。

それを自分で収穫している。

自分で収穫して、あーじゃない、こーじゃないと、
言っているだけが人生。

ゆうそ曰く、

2014年06月17日22時03分28秒_001

  千田琢哉曰く、

2014年06月17日22時03分27秒_001

「限られたなけなしの長所」とは?

成功者たちは、概して天才的な才能を持っていたわけではありません。

「その限られた部分」というのは、
自分が不器用だと受容した後に「残ったもの」のことです。

不器用だから、可能性が絞られていったということです。

「器用貧乏」ではなぜ成功できないのか?

器用で何でもそつなく、こなしてしまうからです。

千田琢哉曰く、
「成功できない人と、成功している人の一番の違いは、
 自分の醜さを受容しているか否かだ。」

自分の醜さを受容していると、
手を出してはいけない分野が狭くなる

自分の醜さを受容してないと、
手を出してはいけない分野が広くなる。

結果、前者が成功者となる。





不器用な人間は苦労するけど、徹してやれば器用な人間より
不器用な方が最後は勝つよ。

              by野村克也





選択肢が多ければ、多いほど迷ってしまう。

選択肢が少ないと狭まるから、一極集中できる。

不器用な方が実は器用なのです。

ゆうそ曰く、

2014年06月17日22時03分27秒_002

  千田琢哉曰く、

2014年06月17日22時03分26秒
2014年06月17日22時03分26秒_001

「過大評価され、ラッキーで壁をクリアした数」と、
「理不尽な扱いを受けて、アンラッキーなトラブルに
見舞われた数」は一緒だと、千田琢哉曰く。

分析すると、
自分が過大評価されて、ラッキーで壁をクリアした時、
周囲はきっと理不尽な思いをしたに違いありません。

誰かが過大評価されて、ラッキーで壁をクリアした時、
あなたはきっと理不尽な思いをしたに違いありません。

あのときにラッキーが、あのときのアンラッキー。

あのときのアンラッキーが、あのときのラッキー。

誰かが笑ったとき、誰かが泣いている。

誰かが泣いたとき、誰かが笑っている。

そうやって、人生はバランスを取っている。

千田琢哉曰く、
「理不尽な扱いをうけて、キレそうになったら
 自分もこんな思いをだれかにさせたかもしれないと
 考えることだ。」

正論だけが、正しいという執着を捨てる。

正論より正しいことが、この世にはある。




世の中に怒っている人は、
世の中は公平で理不尽はないと思っている。
だからそうではない現実を受け入れられない。
 
                 by為末大




物事は、「1+1=2」のように単純ではありません。

正しいことが、正しくないときがある。

正しくないことが、正しいことがある。

理屈が間違っていることもある。

屁理屈が正しいこともある。

一つ言えるのは、
自分の気持ちで事実が変わるということ。


ゆうそ曰く、

2014年06月17日22時03分27秒

  千田琢哉曰く、

2014年06月17日22時03分25秒_001

神様の勝負とは、
「どれだけ大きなチャンスを逃しても、
 どれだけふて腐れずにいられるか?」
というゲームです。

誰だって大きな魚を逃したときの後悔は大きいです。

「大きな商談を逃した。」

「素敵な出逢いを不意にした。」

けれどそんな状況の時に限って、
神様は勝負を仕掛けてくる。

「君はこの状況でどれだけ腐らずにいられるかな?」

グチを言ったり、フテクサレたらゲームオーバー。

千田琢哉曰く、
「「以前のあの程度では気づいてくれなかったから
  これならどうだ?」
 と勝負を仕掛けてくるようなイメージだ。」

腐らずに前向きでいたら、あなたの勝ち。

次回はより大きなチャンスを与えてくれる。






チャンスを逃したら二度と来ない気で
貪欲になる。

            by森下洋子




二度と来ない一生一代のチャンスを逃しても、
さらに貪欲でいられるか?

何が起きても淡々としていられるか?

神様はそんなところを見ています。



ゆうそ曰く、

2014年06月17日22時03分25秒_002

  千田琢哉曰く、

2014年06月17日22時03分24秒

人は独りでこの世に生まれてきて、
独りで死んでいく。

どんなに家族が沢山いても、死ぬ瞬間は独りです。

どんなに心が通い合っている相手がいても、
死ぬ瞬間は独りです。

つまり、人はどこまで行っても孤独なのです。

だからこそ、一緒に居てくれる相手に感謝できる。

だからこそ、心通い合ったときに感動する。

千田琢哉曰く、
「しかし、孤独をきちんと生きなければ、
 人生を生きたことにならない。」

「孤独をきちんと生きる」とは、
自分と向き合うということ。

自分と向き合った時、本当の人生が始まる。






自分の人生に向き合って生きる人を
成功者という。

              by神田昌典





建前の自分。

取り繕った自分。

カッコつけてる自分。

がいるのは、孤独を隠そうとしているだけ。

見て見ぬ振りをしているだけ。

自分に一番素直でなければ、人生は楽しくない。

ゆうそ曰く、

2014年06月17日22時03分24秒_001

  千田琢哉曰く、

2014年06月17日22時03分22秒_004
2014年06月17日22時03分23秒

そう考えると、親友と恋人は同じくらいの親愛さです。

少し違うのは、「恋人」は本能が絡むのに対して
「親友」は本能なしの理性のみでつき合っています。

恋人は、「本能+理性」(やや本能より)

親友は、「100%理性」

恋人は、本能の赴くままで結びつく。

雄しべが雌しべに、くっつくような感じ。

親友は、どこか魂が引き寄せられたかのように結びつく。

砂の中に、磁石を落とした感じ。

千田琢哉曰く、
「親友と思っていた人間を別れると、
 失恋同様に落ち込むのだ。」

魂のみの結びつきのみの親友と別れると
悲しい反面、感謝もできる。

その事実だけで強く生きられる。





その女がもし男だったら
親友に選んだであろう者でなければ
妻として選んではいけない。

              byジュベール




肉体関係はあるにしろ、ないにしろ
人間の根本的な結びつきは「こころ」です。

どんなにカッコよくても、
どんなにかわいくても、
「こころ」がなければ、人生はつまらない。

ゆうそ曰く、

2014年06月17日22時03分23秒_001

  千田琢哉曰く、
2014年06月17日22時03分22秒_002
2014年06月17日22時03分22秒_001

全力を出しきった人間は、言い訳がない。

全力を出しきっていない人間は、言い訳がましい。

全力を出しきった人間は、準備万端で臨むから後悔がない。

全力を出しきっていない人間は、準備不足でいつも後悔している。

言い訳は、どんなに嘘をついても「本音」が露呈される。

千田琢哉曰く、
「勝負は必ず言い訳できないくらいに
 準備万端で臨む。」

言い訳できないくらい準備をしていれば
惨敗しても清々しい、潔い。

そして、その清々しさで進路変更も早い。






泥棒を捕らえて縄をなう。

           byことわざ





未練タラタラだから進路変更できない。

言い訳ばかりして、小スッキリで済んでしまう人生になってしまう。

小スッキリを我慢して、大スッキリにエネルギーを転換させる。


ゆうそ曰く、

2014年06月17日22時03分22秒_003

  千田琢哉曰く、

2014年06月17日22時03分21秒_001
2014年06月17日22時03分21秒_002

ナルホド!

ナルホド名言です。

体力が衰えたり、記憶力が衰えるのは
老化現象なんかじゃありません。

限りある時間のなかで、自分のやるべき事を絞っていくのです。

老化とは、
使命を全うしていくために、体が準備を整えてくれるのです。

千田琢哉曰く、
「猛烈に勉強したからこそ
 削ぎ落とすことができるのだ。」

そもそも絞るためのものがなければ、
何もない人間になってしまいます。

絞っていくために、今勉強するのです。






老いた若者は若い老人になる。

           byフランクリン





若くても勉強をしなければ老人にほど近い。

年を取っていても勉強をしていれば若者にほど近い。

人間は進歩か退化か常に行っている。

ゆうそ曰く、

2014年06月17日22時03分22秒

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