千田琢哉曰く、

2014年01月22日22時48分47秒_002

認められたがり屋さんは下へ、
認めます屋は上へ行く。

つまり自分の想いとは逆の現象が起こります。

人を認めるという行為は、一見下手に回っているように見えて、
実は人の何倍も上手に回っている。

人から認められたいという行為は
敵意剥き出しになるので、足の引っ張り合いになる。

千田琢哉曰く、
「ウジャウジャいる底辺同士がお互いを貶し合い続け
 相手を認めた人間のみが頂点に座るということを許されるのだ。」

結局のところ、頂点に座る為には「自分一人」の力では
到底及ばない。

人から認められることで頂点に立てる。

人に認められるには、人を認めることからはじまります。






なぜこのように悪口が絶えないのか。
人々は他人のちょっとした功績でも認めると
自分の品位が下がるように思っている。

                byゲーテ




人を認めることができないのは、自分に素直になっていないから。

他人を認めるということは、すなわち自分を認めるということ。

自分が許せないから認められない。

理想の自分ではないから認められない。

理想の自分は、常に今ここにある。

ゆうそ曰く、

2014年01月22日22時48分47秒_003

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